
『オヤヂの宝島』は、太平洋戦争末期に手塚治虫が描いた習作のひとつである。
1945年6月7日の第3次大阪大空襲で動員先の大阪石綿が爆撃されたのち、手塚は学校にもほとんど顔を出さずに黙々とマンガを描き続ける。ロボットSFものの『幽霊男』、戦争ものの『勝利の日まで』、そして『オヤヂの宝島』がほぼ同時に描かれた。
※本誌解説小冊子より引用
手塚は『新寳島』とほぼ同時期に『タカラジマ』という単行本を描き下ろしている。不二書房から手塚にとっては最初の単行本として出るはずだった『ロマンス島』の発行が中止になり、急遽「えほん」スタイルで企画されたものである。
※本誌解説小冊子より引用
『新寳島』の原稿が、現在3枚残されている。ただし、実際の出版に用いられたものではないので、描き損じの未使用原稿と思われる。絵柄からみて、後の描き直しではなく、当時描かれたものだろう。原稿の大きさも、刊本と変わらない。
※本誌解説小冊子より引用

